ヘアカラー・カルチャー
起源から近代まで 染毛剤が発展した近代 戦後〜現代の動向
起源から近代まで〜ヘアカラーの歴史と動向

始まり

 染毛の起源は意外に古く、紀元前3500年の古代エジプトの頃より、植物や動物、鉱物を使って、髪を染めていたと言われている。
  古代において、髪を染めるということは、美のためのみではなく、宗教、魔法行事(魔よけ、豊作祈願など)的なものであった。伝説によると、回教の開祖マホメットは、ヘナを使用し、自分のアゴヒゲを染めていたそうである。古代支那では、茶の葉の抽出物と鉄を髪につけて黒く染めており、また、古代ローマの貴婦人達は、歴史上最も金髪を欲し、彼女等は自分達の毛髪を金髪にするために異常な努力を重ねていた。
 明ばん、生石灰、天然ソーダ等に古いブドウ酒を加え水に溶かしたものを“ブロンド化粧水“といって愛用し、一晩或いは数日間も放置し、金髪を得ていたようであるが、毛髪をひどく傷めたようである。
ヘナ

中世では

 中世から近世にかけては、ヘアスタイルや若干、髪色に変化をもたらせたが、特に新しい染料が使用されていたわけではなく、手数をかけつつも、十分な効果が得られないまま辛抱していたという。
 

日本においては

 一方、日本の染毛についてはどうかといえば、源平盛衰記や平家物語の中に、北陸の武将 斎藤実盛が寿永2年(1183年)篠原の戦いで、自分を少しでも強く若く見せるために、白髪染めをして出陣したと言われ、この頃の染毛には、鉱物性の無機顔料などが使用されていた。また、この他、1813年に白髪を黒くし光沢を出す薬の伝として、ザクロの皮を煎じて塗る方法、クワの白木根を生油で煮詰めて塗る方法などが紹介されている。

<斎藤別当実盛公像:右写真>
 埼玉県妻沼町の妻沼聖天山にある、斎藤別当実盛公像は、平成8年、お開扉の記念事業として建立されました。右手に筆、左手に鏡をもっているのは、実盛公が老兵と悟られないように髪を黒く染めて出陣したという史実にもとづいています。
 サウンドモール実盛公からは、小学唱歌斎藤実盛のメロディーが流れます。
斎藤別当実盛公像
斎藤別当実盛公像
サウンドモール実盛公
サウンドモール実盛公(歌詞石碑)

作品所在地:妻沼聖天山
写真提供:妻沼町観光協会

 
都風俗化粧伝・髪之部より抜粋
白髪エトセトラ〜白髪対策あれこれ〜
 
髪を
【えんじゅのみ】槐子実--マメ科落葉高木エンジュの果実
平生(つね)に喰えば髪を黒うし、髪、鬚、白髪なく、年老いても黒く長うする秘方なり。
・又法
【くろごま】黒胡麻
九たびむし、九度さらし、粉にし、棗(なつめ)のにくにて丸じ、日に二十粒ずつ、朝夕呑むべし。髪を黒うして一生白髪を生ぜず。また、しらが生えたる人たりとも、忽(たちま)ち髪を黒ろうすること奇妙也。

白髪を黒うして光沢(つや)を出す薬の伝
【ざくろの皮】柘榴皮--ザクロ科の落葉小高木ザクロの果実
せんじて髪にたびたびぬるべし。
・又法

【くわのね】桑白木根---クワ科の落葉高木クワ
生油(あぶら)にて煎(に)つめ、たびたび髪にひたすべし。

白髪をぬきて黒き髪を生ず薬の伝
【しょうがの皮】生姜皮
胡麻の油にて煎じ、泥のごとくにして白髪のぬけたるあとへ付くべし。三日ののち黒くはゆるなり。

若白髪を直す薬の伝
【くるみ】胡桃
よくよく磨(す)りつぶし、白髪をぬき去りて、その毛の穴の中にすりこめば、黒き髪生じて、ふたたび白髪生ぜず。

 

 

起源から近代まで染毛剤が発達した近代戦後〜現代の動向

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