
一方、日本の染毛についてはどうかといえば、源平盛衰記や平家物語の中に、北陸の武将 斎藤実盛が寿永2年(1183年)篠原の戦いで、自分を少しでも強く若く見せるために、白髪染めをして出陣したと言われ、この頃の染毛には、鉱物性の無機顔料などが使用されていた。また、この他、1813年に白髪を黒くし光沢を出す薬の伝として、ザクロの皮を煎じて塗る方法、クワの白木根を生油で煮詰めて塗る方法などが紹介されている。
<斎藤別当実盛公像:右写真>
埼玉県妻沼町の妻沼聖天山にある、斎藤別当実盛公像は、平成8年、お開扉の記念事業として建立されました。右手に筆、左手に鏡をもっているのは、実盛公が老兵と悟られないように髪を黒く染めて出陣したという史実にもとづいています。
サウンドモール実盛公からは、小学唱歌斎藤実盛のメロディーが流れます。 |
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斎藤別当実盛公像
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サウンドモール実盛公(歌詞石碑)
作品所在地:妻沼聖天山
写真提供:妻沼町観光協会 |
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