ヘアカラーカルチャー 染毛剤が発展した近代

近代の染毛剤

 19世紀になると、実験哲学の一分野が発展し、有機化学として独立した学問となりました。それまで色素といえば、必ず天然資源でしたが、有機合成による供給が始まり、当時最新かつ最重要の有機合成原料であったタールから、タール色素という一群の有機合成色素が次々に発明されました。この始まりとされているのが、1856年の英国のW・パーキンによるモーブの合成と工業化です。また、現代の染毛剤でも使われている重要な成分が発見され、染毛への利用が見いだされたのもこの時期です。

モーブ(Mauve)染料を構成する主な色素

 過酸化水素は、1818年にフランスのL・J・テナールにより発見されました。多くの酸化染毛剤で使用されているパラフェニレンジアミンは、1863年ドイツのA・W・ホフマンにより発見され、1883年にはフランスのP・モネーが過酸化水素との組み合わせによる染色で特許を取得しています。
 一方、18世紀終わり頃には、ブナ科の木の股にできるコブから採れる没食子と硫酸鉄を混ぜ、アラビアゴムの粘液で増粘させるという、今日の非酸化染毛剤に至る染毛方法も紹介されています。

パラフェニレンジアミンの化学構造

近代日本の染毛剤

 日本で最初の酸化染料による染毛剤が発売されたのは、明治38(1905年)であり、パラフェニレンジアミンのアルカリ溶液を頭髪に塗り、空気酸化により、2時間程かけて髪を染めていました。それまでは、タンニン酸と鉄分を用いたいわゆる「おはぐろ」を利用し、10時間程度かけて染めていましたので、飛躍的に時間が短縮されました。明治時代に発売された染毛剤は、全て髪を黒色に染めるもので、当時の商品には、「白毛赤毛を黒く自然の髪に染め上げる」といった説明が付いていました。当時、地毛の明るさは、癖毛と同様、女性の悩みでした。

 その後、大正元年(1912年)に、パラフェニレンジアミンを過酸化水素で酸化する、現在の酸化染毛剤の原型ができました。大正7年(1918年)には、パラフェニレンジアミン粉末一包、のり粉一包、及び過酸化水素水一壜の3剤タイプの30分で染め上がる白髪染めが発売されました。